木工機械 2011 1月 No.212掲載


「無形の資産」と日本システムの確立

日新興産株式会社
代表取締役社長 原口 博光



 日本に於いて、企業の価値は財務上の利益以外の企業価値を評価する可視化システムが必要である。
 企業は時代の変遷の中で、風雨に打たれ、耐え、自己のリスクで、果敢に挑戦している。
 財務会計という「ミクロ」の視点では企業の存在価値、理念、は一測面しか見えてこない。
 3、5、10、20年という「マクロ」の視点で企業や製品が市場で培ってきた「過去・現在・未来」の価値を評価し、測定するシステムが求められる。
可視化システムの一例を参考までに挙げてみる。

 1.経営者(20)  2.企業活力(20) 3.業   歴(20)
 4.損  益(15) 5.資金状況(15) 6.資本構成( 5 )
 7.規  模( 5 )                合計 100点

 上記の項目について、測定するには、地域に密着した金融機関の担当者の任期は3年以上必要である。馴合による腐敗を懸念するのであれば、それは経営者が社員を信頼しない証であり、自らの理念が浸透していない「社員教育」に問題がある。恐らくそれは「経済至上主義」の為せる業であろう。
 CSR(企業の社会的責任)を通して、種々の情報(経営者の理念・事業計画・業界・社会環境への適応、貢献)であり、企業の実力や社会的ニーズへの取組を測定し、融資を行い、共に成長する企業風土の構築である。
 市場との信頼に基づく製品開発への融資や、顧客を大事にする製品満足度、安心感を長期的に維持し、信用に応える技術、品質やサービスへの信頼性を担保する企業に融資する風土が金融と企業の日本的経営の根幹に必要である。
 日本的評価システムの風土は平成11年以降、金融監督庁のスコアリングモデルの導入によって、ソフト化され、機械的に企業価値が審査される事になってしまった。
 企業や製品が市場で培ってきた「過去・現在・未来」の価値を評価し、企業の価値を測定する社会的融資は格付機関のソフトで審査する事は不可能である。
 「無形の資産」は保証協会の外部委託によって、ソフト化されたシステムで硬直的に審査するものではない。
 事業所比率99.7%、従業員比率70%の中小企業が研究、開発、生産する基盤に対する融資制度は余りにも脆弱であり、抜本的改革が必要である。
 グローバル市場では、海外企業の標的はキャシュフローの乏しい「無形の資産」のある日本の風土が育んだ企業である。
 内需拡大と雇用確保の見地に於いても、政府は健全な中小企業の育成に積極的に取組まなくては、企業文化、風格、互助の精神、無形なるものを育て、大事にする風土が風化してしまう。

 「日本経済の空洞化」は約10年ぐらい前から、GDPとGNPの差が開き始め、GDPは下がったが、恐らくGNPは世界一位ではないだろうか。この意味する所「企業栄えて、国滅びる」の一時的現象であり、その次の段階では「企業滅びて、国衰退す」となって行く。
 海外に投資すれば、その国の雇用は増大し、消費が拡大し、その投資先のGDPは向上する反面、日本の雇用は縮小する。この構図が「日本経済の空洞化」の原風景である。
 海外移転を規制すれば、企業は遠からず国際競争力で敗れる。企業は新興国需要を求めて、国際競争に萬進するに当って、国内雇用を第一義的に守る事が重要である。国内に生産拠点がなければ、研究、開発の迅速化、最適化は図れない。
 生産技術の改革によって、コアーパーツの「ブラックボックス化」、更に生産や制御システムのモデル化といった知的財産権の確立である。

 世界の中で最も高い法人税を早急に20%台へ引下げ、企業環境改善、設備投資拡大、従業員のベースアップ等々、経済を活性化し、雇用を創出して、内需拡大を図り、財政健全化に取組むことが重要である。
 税率を下げる主たる目的は経済を活性化・拡大し、結果として税収を上げる事にある。
 禁じ手はある税率を下げる事によって、削減分を相殺する目的で課税ベースを拡大する事である。政治はこの様な姑息な手法を用いてはならない。
 現時のデフレ下にあって、財源確保の手段として消費税をアップさせる事は最悪のシナリオである。
 消費税アップは種々の経済活性化策が施行され、成長軌道から安定軌道に乗った時点で行うものである。
 その折、生存権に関わる生鮮食品のゼロ税率も併せて検討されなければならない。

 又、木材産業は住宅産業と一体の関係に位置し、木造住宅・家具・建具は環境問題の見地からも自然の営みに沿った産業である。
 木造住宅産業の振興は木材の量的需要拡大につながり、広範囲の雇用と製造業の空洞化を防ぎます。
 住環境から見た日本は決して豊かな国ではありません。
 平和産業の要として、内需拡大と豊かな国民生活を築く事が21世紀の日本の使命と心得ます。
 住宅建築は木材、建材、家具、セメント、鉄、アルミサッシ、ガラス、金物、厨房、洗面備品、電化製品、インテリア備品等々あらゆる産業にシナジー効果をもたらします。
 『すべての日本の家族のために良質な住宅と居住環境を提供すること』の目標のもと、長期の視点にたった「住宅税制」に改革しなくてはなりません。

 『住宅』にかかる消費税(売上税)について、米国、フランスの非課税、イギリスのゼロ税率と国民の取得時負担を軽減する政策的配慮が欧米先進国ではなされています。
 日本に於いても、『住宅消費税を廃止』し、税収確保第一主義の徴収側の発想から脱却し、国民主権国家として、国民の立場にたった発想の転換こそが硬直化した税制を改革し、時代の変遷に適合した需要と雇用を創出し、税収の増加へとリンクしていく、「点から線へ、そして面へ」という「ミクロとマクロ」の歴史的発想が必要です。

 共産主義国家・中国の唱える「政経分離政策」という国是が、自国の都合によって、掌られる事は仏教思想の「陰陽相待性理論」や「不味因果」で科学的に考察すれば判断できることである。
 第一次大戦、第二次大戦、それ以前に存在した領土問題も、世界中の民主主義国家間では解決している。元共産主義国家・ロシアも、中国と同様、それらの国が変わるのを待つのではなく、我々日本人が経済至上主義から脱却し、国家のあり方、経済のあり方を、国家として再構築する必要がある。
 結果から判断する事は簡単な事だがそれはあくまで一側面でしかない。「因果応報」という仏教思想で分析すると、日本が中国に急速に多大に進出した結果発生した種々の事案が時間の経過と共に焙り出されたに過ぎない。
 最近、政治家や評論家が中国は“隣国として大切にしないと”とか“日本は中国に経済的に依存している”とか、脈絡のないフェーズを口にしている。隣国であるからこそ、“日本としての確固たるアイデンティティが無くてはならない”のであり、“中国が経済的(技術的)に日本に依存している”のである。
 日本の対中輸出はGDPの2.7%に過ぎないし、主力製品が資本財で、中国は日本からそれを輸入し、工業製品として欧米等へ輸出するのが主要モデルである。
 現在の政治の状況は舵なき舟、銜なき馬の如くであり、上下こもごも利を征すれば、国危うしの感ありである。
 国内外を問わず、中・長期的視野、大局的判断が求められるが、その背景には歴史的思考がなくてはならない。

 日本では戦後45年間続いた土地神話が崩壊したが、米国では70年間1回も下がったことのない住宅神話が崩壊した。
 米国の民間貯蓄は2006年から直近まで、GDP比で13.2%も貯蓄を増やし、8.67%も貯金している。その結果、現時財政赤字9.91%の大半をファイナンス出来るまでになっている。又海外からの借入も、ピーク時の2006年のGDP比6.03%から同1.24%まで下がっている。財政赤字の巨額にも拘わらず、長期金利が下がっている背景が、日本の債務残高の巨額にも拘わらず1,441兆円の個人金融資産によって、低利の借款を可能にしているのに類似している。
 本質的に欧州諸国(ギリシャ、アイルランド、スペイン)のソブリン・リスクと異なる所である。
 今こそ、日本国民は自信と希望を抱き、行動しなければならない。曾てイギリスは債務残高がGDP比250%までいったが騒がず、慌てず、国内問題にはならなかった。

 日本では現在、住宅ローン金利の低下によって、住宅投資は確固たる展開になり景気回復の気運が企業の設備投資意欲を徐々に盛り上げるタイミングにある。
 技術革新による新設備への十分な補助金や投資減税が必要である。
 世界的メガトレンドである「FTA」「EAP」「TPP」への取組も迅速に成されないと、不利な条件で国際競争をすることになる。
 国際規準への規制緩和と日本的強味を維持するに必要で適正なる規制も必要である。
 海外と対等に競争できる諸条件の整備である。
 又、新興諸国のインフラプロジェクトへのトップセールスを民・官・政が一体と成って当たる国家観も大事である。

「おわりに」

 小泉政権の成長戦略である「官から民へ」「改革なくして成長なし」のスローガンの下、推進した「行財政改革・構造改革」の本丸である「郵政民営化」は近代政治史の中で「国鉄民営化」に匹敵する大改革である。
 この大改革は内閣(小泉純一郎首相)と自民党(武部勤幹事長)の志を同じくする人と人の連帯責任(信頼関係)によって成遂げられた事である。
 しかしながら、小泉首相の信頼の下、スタートした安倍首相はすでに互解要素を持っていた。
 「お友達」人事である。お友達は適材ではあるが、適所とは限らないし、むしろそれ故のリスクも多分にあるであろう。お友達に人事が片寄ることによって国のバランスも崩壊してしまう。又、何を勘違いしたのか帝王学の「寛大なる慈悲」を以って、改革に反対し党を去った人々を、時が癒す間も無く受け入れてしまった。
 そして、麻生政権も安倍政権と全く同じ前記の二つの大きなミスを犯してしまった。
 国民の大多数が賛意を送った「官から民へ」を放棄し、「適材適所」という人事の原則をも又放棄したのである。「お友達」人事である。
 国民はそれらの事を肌に感じ自民党にNoを突き付けたのである。
 変わるべくして、生まれた民主党政権の人事は「各グループ(派)」(志を同じくする者の集団、この集団が党の人事のバランスの要となる)が構成し、古き良き自民党政権のバランスの取れた人事に似ている。(マスコミは自民党政権時、この大事なバランスを派閥均衡人事とか言ってマイナスな報道をしていたものだ)
 「おわりに」で私が言いたい事は「政(マツリゴト)」と「国民」の密接な関係である。
 「政(マツリゴト)」とは、領土・人民を治めることであり、それを司る人が政治家である。司るプロの集団である。
 我々は企業に所属し、種々の共同体や社会集団の一構成員でもある。工業会とか組合は共同体や社会集団として総会や理事会で意思決定をし、手続きをする事象を「政治」という。
 我々は共同体や社会集団の「政治」を行う「素人」の集団であり、所属する団体の実情を公的機関に訴え、適当の措置を要求することが「陳情」である。
 企業活動は「商行為」であり、陳情活動は国民として、共同体や社会集団の為に行う「無私・無報酬の行為」である。
 私は社会的ボランティアだと思っている。
 木材産業界の一層の発展を祈念し、今後共、各団体の皆様のご支援とご協力をお願い申し上げ、併せて皆様方のご健勝とご繁栄を祈念申し上げます。
木工機械 2011 1月 No.212掲載