平成23年6月

東日本大震災と新生日本

日新興産株式会社
代表取締役社長 原口 博光

「哀 悼」
 はじめに、東日本大震災の被災者の皆様にお見舞い申し上げます。
 また、亡くなられた多くの方々のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。
 2011年3月11日の大震災と津波、原発事故によって日本経済は多大な殷損を被った。
 以下、この大震災と日本経済について、紙面の許す範囲で検証してみたい。


「大震災の検証」
 地震という日本最大のカントリーリスクの再認識である。
 3月11日原発事故の衝撃によって社会システム全体のパラダイムが変換する様相を呈した。
地震、津波の被害が特に甚大だった4県(青森、岩手、宮城、福島)の県内総生産は全国の6.2%(2007年、32.3兆円)、製造業に限ると7.2%(同、8兆円)とシェアーが高い。
 東北地方の産業の特徴である半導体、電子部品等々を中心としたハイテク産業の構成比が高い大規模な基幹部品のサプライチェーンの寸断を招いた。
 大津波で20万~30万台の車が流され、南北300キロに渡って、40万人の住宅が流され、瓦礫と化した。
 この様な未曾有の悲惨な状況は現世の人間が体験した事は無いであろう。


「インフラ整備の公共事業」
 災害大国・日本にとって、インフラ整備の公共事業は第一義的に重要である。
「想定外」の大惨事が繰り返し起こればそれは「人災」であり、「国家として備え」や「緊急事態に対処する法則」という「戦略なき国家」として衰退し、他国に蹂躙される事になる。


「カントリーリスクと復興省の創設、食、住」
 1200年前の弥生時代、地層の判別から東日本大震災と同規模の大震災と大津波が起ったらしい。
200年前には同規模の「貞観地震」、明治29年(1896年):三陸大津波、大正期:宮城県沖地震、昭和8年(1933年):三陸大津波。
 1,000~1,200年周期で巨大地震と大津波が起っている。
過去の実例を基に国や研究機関、学者が地層調査を行い実地調査、研究を行い、「防災」の視点から検証が行われ、行政に生かされなければ「人災」である。
 日本列島は古代より自然災害の多発地帯であり、政府の怠慢による「人災」、言い換えれば「国家による災害」はあってはならない事である。
 自然の脅威への対応「防災」は「国民を守る」という「国策」の要件であり、「防衛」という他国の侵略から「国を守る」要件と共に第一義的に国の重大な責務である。
 天然資源に恵まれず、火山が多く、地震多発地帯の日本は少子高齢化も急速に進行している。
 都市の過密化と地方の過疎化、食糧や木材の自給率が低い。
 被害を受けた方々や亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、二度とこの様な惨禍を起さない新たな時代を生み出していかなければならない。
 日本の種々の統治機構、危機管理、経済システム、諸制度、生産体制、生活様式等々を総合的に検証し、日本のグランドデザインを再設計する事である。
 東京一極集中のリスク解消、地方産業の育成、地方主権、統治機構の再構築。
 これらの事に抜本的に対応し、実行する権限を持った(審議機関ではない)「復興省」の設置や「復興特区構想」である。
 設置期間は5年とし、その後解放し、専門担当者は行政のしかるべき部署の配属とする。
 この大震災は日本が100年の大計として国家が対処していかなければならない「食」と「住」の諸課題を提起した。


「原子力発電と再生エネルギー」
 福島第一原子力発電所は米国・GE製の「マークI」、第一世代の原子炉であり、現在の原子炉は3.5世代にさしかかっている安全性に於いて数段進化している。
 地震の直後にGE製の緊急用の冷却装置が壊れたことが事故の根本的原因である。
応急用のディーゼルエンジンによる自家発電装置のポンプ停止によって冷却水が回らなくなり、炉の温度が上がって爆発した。
 1951年、世界初の原子力発電はアメリカで開始された。
2度の石油危機によって世界各国は原子力発電の開発を進めた。
 2011年4月時点で30ヶ国に原子力発電所があり、439基が稼働している。
 その内17ヶ国で国内総発電量の20%以上が賄われている。
 日本は54基で、アメリカ104基、フランス58基に次いで世界3位である。
 中国は計画中の原発が50基ある。
 アイスランド、イギリスは原発推進に積極的で、ドイツ、スイスは原発廃棄である。
 日本では政権交代によって、2010年6月発表の「エネルギー基本計画」で2030年に電源供給の50%を原発で賄うと表明し、環境重視政策として、2030年に1990年比25%のCO2削減を中期目標として世界へ発信した。
 エコロジーの重視を論拠として、現時28.9%から大幅に原発シフトしたのである。
 アメリカ型原発体制は民間に任せているが、「核」という軍事面から、国家規制機関が監視している。
フランス型体制は国策企業が運営し、国が責任を以って管理している。
 原発で一番大事な問題は使用済み核燃料の処方箋が地下埋設かプールの水中保管かというワンススルーの処分であり、将来の天変地異に対処できていないことだ。
 使用済み核燃料の有害性を除去する解が見出されていないということである。
 現存する「危機のマグマ」を放置することなく、克服する「高度な科学技術の開発」が原子力の安全向上を推進し、原発管理技術の新分野を開拓するという進歩の可能性を放棄してはならない。
 日本が地震多発列島である以上、生命を脅かす可能性のあるシステムは新設することなく、つなぎエネルギーとしてとらえ、分散が可能で安全な自然エネルギー(地上・洋上風力、太陽光・熱、地熱、水力)へとパラダイムシフトが成されなければならない。
 2008年リーマンショックで日本の総工業生産は1983年の水準に落ち、生産活動が2003年の水準まで戻った時点で、この大災害によって1987年の水準に落込んでしまった。
近代社会経済は電力エネルギーが土台で事故による供給不足の影響は計り知れない。


「メタンハイドレード」
 日本の排他的経済水域は約447万km2あり、水の分子の中にメタンガスの分子が入り込んである圧力や温度条件のもとで結晶化した「メタンハイドレード」(分解してガス化した時の換算量が約2.7兆m3)が天然ガスの国内消費量に換算すると約100年分の量が埋蔵されている。
 こうした眠れるエネルギーを取り出す技術は国策として、国が長期的に研究開発しなければならない。


「被災市街地に於ける建築制限」
 建築基準法84条「被災市街地に於ける建築制限」の適応、地元住民が許可なく被災地に家を建ててはいけない。
 都市計画法に基づき、一定の明確な目的を有した近代的な加工場の建設、水産関連施設、団地や土地の造成は県、市ないし商工会議所がマスタープランを作成して行う。


「農業、漁業の規制緩和」
 「規制緩和」こそ活性化の突破口である。
 今迄できなかった制度を導入し、ヒト、モノ、カネの活性化を図る。
 2006年改正信託法が成立し、多くのものが信託できるようになった。
 但し、「農地」は成されていない。
信託銀行等の社会的に信頼できる企業に信託し、その企業を通して貸し出す「農地の流動化」によって、食糧の自給向上を図る。
 特区制度を活用して、この災害復興を一歩一歩進めて行く。
 東北地方の漁業・養殖業は日本の漁獲高の約15%を占めており、大部分が太平洋側に集中している。
 陸奥湾を除きこの沿岸漁業・養殖業の大部分が壊滅した。
 冷凍や加工という機能が集中するのは八戸、気仙沼、石巻、塩窯等々の特定第3種といわれる漁港が甚大な被害を受けた。
 漁業と加工業、冷凍業は一衣帯水な関係にあり、水産業・関連産業全体の復興は復旧ではなく、農商工連携事業として、漁業従事者、土木関係者、新規参入者、農水省、経済産業省等々のステークホルダーによって近代的プランを作成する。
 職業選択の自由の見地から漁協を解放し、外部の人材や資本の参入を認める近代経営へ移行する。
又、個別漁獲割当制度を導入して資源保護を図る。
先進各国は厳密な漁獲割当によって、厳重に管理され、科学的に資源管理制度を導入し、資源回復期間を3年設けている。
 「割当」を設定し、乱獲をやめれば資源は回復する。
 消費者、漁業者がプラスになる漁業法として「水産業協同法第一八条」を改革する。
 市町村を通じて漁業権を付与することによって、「地域振興」の見地で漁業権を掌握する。


「財政赤字と国債、円高と金融緩和、国策と産業育成」
 2011年1月下旬、日本国債の格付が米国の格付会社(S&P社)によって、一段階引き下げられた。
 この時、軽率な言動が多い≒首相としては致命傷:管首相が「そういうことは疎いんで」と発言した。
 むしろ、「あの前科のある格付会社の格付けね」ぐらいのウィットが欲しかった。
 サブプライム問題に端を発した2008年9月のリーマンショックは米国発金融バブル崩壊として世界経済を「100年に1度の大不況」と言わせた。
このサブプライム関連証券化商品に最上級のランクを付けたのがS&P社である。
 民間の国際格付け会社があまりにも大きな権限を持っているかのようなイメージによって、リーマンショックは起きたのである。
 日本の財政赤字規模は世界最高水準の220.3%(米国は91.6%である)。
 1997年以来財政赤字は増加」しているが、肝腎要の長期金利は上昇するどころか低下している。
 1996年末の2.57%から2010年10月0.75%まで低下し、1.1~1.2%ぐらいが平均である。
日本は米国債を9,000億ドル保有している。
 又、日本の対外純資産は230兆円、財政赤字900兆円から引けば670兆円となり、更に個人金融資産1,439兆円(2009年9月末)保有している。
 対外純資産は19年連続世界一である。
 14年間で2.7倍ネットの負債は大きくなったがバランスシートで判断すれば資産も又大きいのである。
 日本国債は過去クラウディング・アウトの状態にあった国々と比べて、日本の長期金利は1/10以下であり、国内金融機関が発行額の95%を占有していることからデフォルトリスクとは無縁である。
 震災による財源不足から安易に増税しないで政府保有資産・株の売却、歳出構造の抜本改革や構造改革が必要である。
 震災復興するに当って、まず政府が20兆円の「復興国債」を発行し、国がお金を借りて積極的に復興事業に取組むスタンスを国民に示すことだ。
復興税や消費税で国民に更なる負担を押し付けてはいけない。
 この「復興国債」は個人金融資産の大半を保有しているお年寄を対象に特典として、相続税を減免するが無利子、国への貢献として感謝状を発行するというのはどうだろうか。
 2004年木材産業業界が扇千景国土交通大臣に住宅資金として生前贈与3,500万円の無税扱いを要望したのと同じ発想である。
 日銀の国債「引き受け」は自由市場で日銀の意志により国債を売って資金を回収できないので、需給ギャップ(20兆円)をお札を刷って賄おうとするもので、貨幣価値を下げ、国民所得を減価させることになる。
 今世紀最大の災害時に財政赤字をこれ以上増加させて子孫に負担をかけてはいけないという素人受けする喧伝はしないことだ。
 消費税アップは2014~5年頃復興が終了する時期であろう。
 但し、何年も前に時期を明示すると駆け込み需要が増加するが翌年その反動によって、駆け込み分以上の需要が激減し景気を圧迫することになる。
 設備投資への融資は「ゼロ金利」で償却年度を自由に設定できる等々従来にない促進策で日本全体の景気を向上させて、デフレを克服し、ピンチをチャンスにするサプライズな国策が必要である。
 財政再建を錦の御旗とすると、景気の腰を折り、結果として財政再建は成功しない。
 安全軌道に乗っている時期に増税するのが国民心理上無難である。
 1998年7月1ドル147円を底に、2011年3月76円、約13年間で48.4%も円高ドル安になってしまった。
 資源輸入国として、円高は大変メリットがあるが、加工貿易による輸出としては90円以下の円高は収支を圧迫する。
 1986年の前川レポートで輸出志向型経済構造から内需拡大を実施し、「良質な住宅建設」の推進、「消費の拡大」、「社会資本整備」によって「内需拡大」をするとしているが、構造改革は道半ばである。
 日本の法人実効税率は39.54%、フランス33.33%、ドイツ29.83%、イギリス28.00%、中国25.00%、韓国24.20%、シンガポール17%で、日本が最も高い。
 グローバル企業、多国籍企業は法人税の低い国で事業展開する。
 反面、法人税の高い国(日本)の企業は海外へ出て行く。
 日本に資本、資金の流入を促す上で法人税の国際化(低減)は必要である。
 外国進出が多ければ、国内雇用は減少し、GDPも下がる。
 国策として、同じ割合で外国企業の誘致が必要である。
 進出先の外国で土地売買を禁止しているのであれば相対的に日本も禁止しなければ国家のバランスが崩壊することになる。
 海外では様々な企業が国策によって発展してきた。
 古くは、アメリカのアポロ計画がある。そこから衛星放送、カーナビゲーションシステム、組織工学、更に第三世代移動通信技術などが生まれ、情報スーパーハイウェイ構想によってIT革命が促進された。更に、ヒトゲノム解読計画も行われた。
 韓国では、1997年のアジア通貨危機以降、ITインフラへの集中投資によりブロードバンド、第三世代移動通信設備が発展した。それらの国策により生まれたのが、今や世界的企業へと成長したサムスン電子である。
 台湾も半導体を主力産業として育てて、TSMC社、UME社が世界最大級の半導体メーカーとなった。
 これらは全て、国策として資金を投入して成功した例だ。IT産業は森林・木材産業とは異なり、開発資金を投入して技術革新を進めれば競争に勝ち残ることができる、自助努力のウェイトが高い産業だ。
 中国にしても、それこそ20年前は外貨に乏しい国だったのが、「世界の工場」として各国が進出してくる中で、土地の地代によって外貨を集めてきた。初めは外国企業に対して優遇税制をとってきたが、国策として自国の企業に低金利でお金を貸して育て、その後、外国企業の法人税を25%に引き上げて恩恵政策を取り止めた。これは全て国家戦力として行われており、国営のファンド会社もあり、日本のメガバンクや大手企業の株を大量に保有している。
 そのような国が日本のすぐ隣にある。
 産業を育てるには資金投入が必要である。日本が「国産材自給率50%」と謳うならば、これこそ国家戦略として行うべきことだ。
 日本の住宅着工件数は、2006年に最大の伸びを見せ129万戸であったが、2007年の改正建築基準法により激減し104万戸に、昨年は終にピーク時から4割減少して78万8000戸なった。2008年の中国オリンピック需要の際には、鋼鉄材料が20~40%も値上がりし、輸出産業はともかく、国内向け機械メーカーは窮地に陥った、そしてその後、サブプライム問題へと……
 これで産業が成り立つはずがない。正に国の政策の失敗により、木材産業はここまで落ち込んでしまったのだ。
 グローバルスタンダードによって、経済は一国内だけでは成り立たなくなった。もはやケインズ経済学の需要と供給の関係だけでは、経済は制御できなくなっている。「国として産業をどうするのか」。そのような視点で物事を見て、産業に対して、国が別な組織でもって管理・監督するシステムを構築し、国民の安心・安全の手伝いをしないといけない。その代表例が原子力産業だ。


「TPPと国家戦略」
 現時盛んなTPP論争もまた、同様である。反対派の先生方は、日本が「先進国で貿易立国である」と、どの程度認識しているのであろうか?議員の方々の見識、世界観はいかばかりのものなのだろうか。
 先進国が成熟し、更なる発展を求める過程で、新興国の旺盛な需要を販路として、最終的に行き着く先が自由貿易、つまり国境を越えた通商の自由化である。TPPという一つの戦略的連携協定は、ASEANプラス6ヶ国と同様に捉えられる。これは世界が直面している事態であり、非難すべき現象ではない。正に世界の潮流である。故に、この潮流に挫折、転覆しない船を建造する必要があるのだ。船の注文主が政治家であれば、造船所は省庁横断的専門家集団となる。
 交渉の場では「外交商務部」なのか「自由貿易商務部」なのか、21分野の交渉内容を戦略的、政治的、経済的な問題として、参加国が知恵を出し合いスキーム作りをしている。国益をかけた各国との駆け引きを行うため「タフ・ネゴシエーターのプロ集団」を一日も早く立ち上げることだ。そして、「ISDS条項」を盾にした起訴大国米国の紛争当事者から報酬を得ているビジネス・ロイヤーの横行を阻止するべく、条項改定が必要である。
 この「投資家対国家の紛争解決(ISDS)」の条項は、その国の風土が生んだ歴史、文化が育んだ食生活(稲作)や医療(皆保険制度)など広義に於いて、公衆衛生や環境保護法案まで介在する可能性を持っている。一番問題なのは仲裁定の構成である。
 このような種々の難問に対応する国家こそが、国民に安心・安全な環境を整えることができる。日本には国民の税金で生計を立てる世界に類を見ないと謂われる優秀な官僚がいる。この困難に逃避することなく、果断に立ち向かう役目こそが、政治家と官僚に他ならない。


「存在の意義、存在の価値、存在の貢献」
 おわりに、国民総てが「存在の意義」故に存在し、大半の国民は「存在の価値」によって「国家の存在」が形成されている。
 特に政治家や官僚が「存在の貢献」を意識しなければ「国家の尊厳」は維持できない。
「存在の貢献」が職業という形に昇華した事態が政治家や官僚であり、国民もこの領域に入って行く事が広義のボランティアである。